序章 前提としての「恋ダンス」
ミュージック・ビデオの「恋ダンス」
「恋ダンス」は、もともと星野源『恋』のミュージック・ビデオにおけるダンスとして考案された。
『逃げ恥』の「恋ダンス」
ミュージック・ビデオの「恋ダンス」は、2016年にTBS系で放送されたドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』(以下『逃げ恥』とする)のエンディングにおいて、新垣結衣・星野源・石田ゆり子・大谷亮平・古田新太らによってカバーされることとなった。そのダンスのかわいさはたちまち話題となり、視聴者が「恋ダンス」を踊る動画をネット上にアップするなど、社会現象を巻き起こしたのである。
第1章 「リモート恋ダンス」の成立
ムズキュン!特別編 第1話
新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐため、ドラマの撮影ができなくなった結果、2020年春クールドラマ『私の家政夫ナギサさん』が放送延期となった。これを受けて、5月19日から『逃げるは恥だが役に立つ ムズキュン!特別編』が放送された。第1話のエンディングで披露されたのは、通常の「恋ダンス」だった。
ムズキュン!特別編 第2話
5月26日の第2話放送で、事件は起こる。エンディングで、現在の新垣結衣と星野源が「恋ダンス」を踊る映像が流れたのである。「リモート恋ダンス」が爆誕した瞬間であった。
「リモート恋ダンス」という呼称は、放送直後ネット上において出現した。筆者は、放送時Twitterで「#逃げ恥」のタイムラインを観察していたが、同時多発的に「リモート恋ダンス」というワードを含んだツイートが現れたことを確認した。
すでに様々なテレビ番組において「リモート収録」「リモート出演」など、「リモート」を冠するワードが頻繁に使用されていた。そのような状況下において、恋ダンスがリモートで披露されたため、ごく自然に「リモート恋ダンス」という呼称が生まれ、定着したと考えるのが妥当であろう。
第2章 「リモート恋ダンス」の展開
ムズキュン!特別編 第3話
6月2日、第3話の放送で、「リモート恋ダンス」は新たな展開をみせる。リモート収録された石田ゆり子のダンスが追加されたのである。
当初、主役の二人のみと思われていたが、石田ゆり子の参加によって、「リモート恋ダンス」は新たな展開をみせた。そして、それは大谷亮平や古田新太の参加を期待させるものであった。
ムズキュン!特別編 第4話
6月9日の第4話では、視聴者の期待をいい意味で裏切る展開となった。真野恵里菜と成田凌が参加したのである。しかも、真野はスペインの世界遺産・ヘラクレスの塔からの参加。リモートのメリットを十二分に活かした仕上がりだった。
ムズキュン!特別編 第5話
6月16日の第5話では、古田新太・大谷亮平・藤井隆のダンスが追加された。
古田新太は『半沢直樹』の撮影後の収録であったことが、公式アカウントによって明かされた。また、星野源は『MIU404』の台本を持つ姿が映るなど、他のドラマとのコラボが目立つ回となった。
ムズキュン!特別編 第6話
6月23日の第6話では、古舘寛治のダンスが追加された。黄色いTシャツに書かれた「Sorry I’m Late !」は、第6話でようやく参加という事情を踏まえたメッセージであると思われる。
ムズキュン!特別編 第7話
6月30日の第7話では、『私の家政夫ナギサさん』に出演する多部未華子のダンスが披露された。
ムズキュン!特別編 第8話~最終話
第8話~最終話では、乙葉のダンスが追加された。
なお、筆者が居住する仙台では、7月4日(土)と11日(土)の昼に、『ムズキュン!特別編』と銘打っておきながら、リモート恋ダンスや未公開シーンのない通常版が放送され、多くの視聴者を絶望の淵に追いやった。TBC東北放送の罪は重い。もしもTVerがなければ、彼らは二度と立ち上がることはできなかっただろう。
終章 コロナとドラマ
『逃げ恥』の二つの戦略
新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐため、ドラマの撮影ができなくなった結果、2020年春クールのドラマの多くが放送延期となった。大混乱に陥った各局だったが、すでに放送したドラマを「特別編」として放送するという方向で動き始める。
「再放送」ではなく「特別編」と銘打っている以上、「再放送」にはない新しい価値が求められる。『逃げ恥』が選んだ戦略は、大きく分けて二つだった。
一つは、未公開シーンを盛り込んで再編集すること。これは、ファンからもおおむね好評で、みくり・平匡さん・百合ちゃんの今まで見たことのないかわいい姿に、悶絶する視聴者が続出した。
そして、もう一つが、「リモート恋ダンス」である。「特別編」放送に当たって、新たな価値を付加するならば、すでに社会現象となっていた「恋ダンス」をバージョンアップさせることは当然の選択だったといえよう。
コロナはドラマを破壊したのではなく補強した
コロナによるドラマ放送延期という未曽有の状況において、他の「特別編」ドラマにもチャンスがあったはずである。大きな変化の時期には、しばしば人々の求めるものが変わる。これまで注目されていなかったドラマが、再評価される可能性も十分にあったはずだった。
しかし、結局は『逃げ恥』という既存の勝ち組が、再び視聴率と話題をかっさらっていくという結果となった。過去の栄光にしがみつくことなく、手間を惜しまず視聴者ファーストの「特別編」を追求したことが、功を奏したのだろう。
このことを、コロナを主語として語るならば、次のように言うことができる。すなわち、コロナは既存のドラマのありかたを破壊したのではなく、むしろ補強したのである。ドラマ業界がコロナによる様々な被害に苦しみ、変化を余儀なくされていることを思えば、はなはだ逆説的ではあるが、一つの仮説として提唱しておきたい。
withコロナの時代、ドラマはどうなっていくのか。引き続き、注意深く観察していくことが求められる。